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戦争に正義はない・・・たとえ防衛であろうとも

ロシアとウクライナの戦争において、防衛といいながら勝敗がつくまで戦争をすることは毎日多くの人の命が奪われ一般国民の生活もままならない状況に注視すべきことなのです。敗戦を経験した日本人だからこそ歴史に学ぶ必要があります。

 

当ブログは中立の意見として、如何なる場合も戦争は両成敗と解釈しています。

 

私たち日本人は終戦から100年も経たないなかで、先人たちは戦火に苦しみ悲しい別れの境遇におかれ、すべてを失い原爆の恐ろしさを経験している数少ない民族です。

 

気付かない人も多いと思いますが、いまだに戦争のために成仏できない霊が彷徨っているのも事実なのです。

 

こうしたものたちは悪意を持っていないので害はありませんが、生き別れになった家族を探していたり戦時中の恐怖の念に苛まれたりしているのです。

 

そうしたなかで、終戦から100年も満たない昔あったことを歴史で学んだだけのこととして、平和な社会に生まれたものは過去の他人事として今般の戦争でウクライナの勝利を願う人も多いと思います。

 

それも流れてくる情報だけを目に耳に真意はさておきの状態で。。。

 

私たちの先祖たちも日本のために国のためにと戦争に加わったのに、本当にそれは真実を伝えられて戦地に行ったのでしょうか?

 

私たち日本人は如何なるケースにおいても戦争をしている国のどちらかを応援するのではなく、戦争が一日も早く終結することだけを願うべきなのです。

 

罪もない人たちが生活を追われ苦境に立たされていることをよそに、国の首脳同士の愚かな争いに巻き込まれていることに目を向けないといけないのです。

 

兵士であれ尊い命であり、双方の国の兵士には愛する家族もいるのです。

 

国家というのは、大小あれど国民がマインドコントロールされたり情報操作されるものということを忘れてはいけません。

 

それは日本の戦後から現代の社会にもみられるように、助け合いや団結力を削がれた日本の世の中を一考すれば理解できると思います。

 

人々の思いや念というのは通ずるものがあるために、戦争している国のどちらかを応援するのではなく、ひたすら一人でも多くの人が戦争が一日も早く終結することだけを願うべきなのです。

 

戦争は双方にとって百害あって一利なしで、武器を供与したり戦争を嗾(けしか)けた国だけが陰でソロバン勘定をしているのです。

 

 

それでは、この辺で終わります。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。<(_ _)>

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