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人を傷付ける言動や行動は運気を落とす

SNSや実社会において平気で人を傷付ける言動を発したり書き込んだり、また行動を起こすということは悪意がなくても思い描いた人生や運気を自ら落とすことになり、悪霊を呼ぶ原因になることを説明していきます。

 

人を傷付けて運気が落ちるとは・・・

傷付けられた人が弱い人であっても、自分の身元はわからないと高をくくっていても、人間社会だけの法律に触れなければ問題ないと思うのは浅はかというものです。

こちらが自分の匙加減で大したことないと思っていても、相手には相当ダメージがあることがザラにあります。

傷付けた人が身近であれ見知らぬ人であれ、その距離感は関係なく人間すべてに念や想念というものを持ち合わせています。

現に霊的なものは瞬間的に移動が出来るということがあります。

その念や想念というものは、個人差はありましても攻撃した人以上に傷付けられた人は引きずることは間違いのないもので、これが念として飛んでくるならまだしも酷い場合は無意識に生霊となって仕返しをしてくることになるのです。

 

そのほかにも傷付けた人にも家族がいたり、家族が無関心でも御先祖などの子孫を大切に思う存在だってあるのです。

これだけなら、それがどうした?と思う人もいることでしょう。。。

実は、その言動や行動といった悪しき行ないは悪霊を引き寄せることにもなるのです。

悪霊?そんなもんつくはずがないと思うなら、そう思っていてもよいと思います。

当ブログの記事にもあげていますが、因果は因果律といって絶対的なものですから参考にしようとする人だけ読めばよいのです。

これらの因果を生むことは自分のなかでは大したことはないと思っていても、将来の運気を落としたり幸福の妨げとなっていく存在に変わっていくのです。

それでは、これらについて説明していきます。

 

対象者の念によって運気が下がる

この項でいう対象者とは、傷付けられた人のことをいいます。

その対象者の見た感じ(姿)や性格的なものと、念というのは異なることが多いものです。

私たち自身が気付かないだけで、人の念というものには個人差があります。

この見た目では判断できなく本人も気付かない念が相手に知らない間に纏わりついたり、最悪は生霊となって運気が下がったり体調不良などを起こす原因となったりするわけです。

生霊とは・・・生きた人間の強い念が独り歩きしたものです。

もともと悪霊というものも似た感じで、何らかの念が強くなって死んでなお正常な判断ができなくなって災いを起こしたりするものです。

こうなってしまいますと、封じ込めることも一般の人には簡単ではありません。

 

因縁の多くは時間の経過とともに増幅する

傷付けた人は時間とともに悪しき行ないを忘れるものですが、やられたほうは覚えているものです。

この因縁(いんねん)ともいうべきものは、時間の経過とともに同調する見知らぬ霊などによって増幅をみせていくことがあります。

今世で運気の悪い人などは過去世からの悪しき行ないが因縁を生み、その因縁に同調する霊がトグロを巻いたりして不運や不幸な人生を余儀なくされることなんて普通にあります。

いわば傷付けられた人と同じような境遇の霊が自分のことのように意識してしまうために、1だったものが2になり3となって徐々に膨れ上がっていくのです。

霊の同調とはそういうもので、何も死んでから発するとは限らないのです。

この膨れ上がるまでの期間や攻撃的な霊などが絡むことによって、対象者以外のものが動いて時間の経過とともに災いが現れたりします。

しかし、傷付けた本人は覚えていないので、まさか。。。になっていくのです。

これが因果応報の一つというのかもしれません。

念のため、これらの因縁・因果が発動したからといって、相当の報いを受け終わるまで神仏などに祈願したり他力本願では100%救われないことは言うまでもないことです。

 

最悪。。。憐れな心に悪霊が寄り憑くことも

『類は類を呼ぶ』とはよくいうものですが、これは人間同士に限った話ではありません。

当然、同じように人を苦しめようと企む悪霊も無数にいるわけです。

神仏のように見返りを求めずに人のためにご尽力される存在があれば、当然のように真逆な悪しき存在というものがいるわけです。

この世はすべて、表裏一体といって霊の世界にも善あらば悪ありなのです。

ところが、この悪霊というのは散々人を傷付けるような人に加勢するのですが、最後には人を傷付けるような人までも陥れて(おとしいれて)いくのです。

彼ら悪霊に情けや加減というものがあるわけありませんし同類扱いなんてしてくれません。

こうなってきますと御先祖も守り切れなくなり、神仏も因果の加減から手出しができなくなっているので、悪霊の思うがままになり運気が落ちていくことになります。

こうして悪霊といっていますが、だったりするのですけどね。。。

この存在はネタに出来ないぐらいマジにヤバい存在なので、詳しくは話せませんが悪魔(キリスト教ではサタン)ともいわれるもので意外と身近なものです。

このようなものに憐れな意識が波長が合って目を付けられるわけですから、良いことが待っているわけがなく、不運や不幸・体調不良といったものに苛まれます。

 

さいごに

信じられるか否かは自由ですが、参考になれば幸いです。

 

それではこの辺で終わります。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。<(_ _)>

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