なにかしようとする時に、スムーズにいく場合と邪魔が入って出来なかったり時間がかかったりすることがあります。もしかして邪魔が入る時は止まれとか良くないサインなのか?この邪魔が入るというのはどういう意味があるのか、なぜ物事にはスムーズにいく時と邪魔が入る時があるのかなど違いを説明します。
「邪魔が入る」というのは意味がある
まず邪魔という字は、邪(よこしま)な魔という意味があるのですね。少しネットで調べましても邪魔が入るというのは仏道修行の妨げをする悪魔などとも書かれていました。
いいますと邪魔が入るというのは、なにか行動をしようとする時に妨げをする悪魔が入ってくるというのが一般的な説であるのです。
この邪魔が入るということは誰にでも経験があると思うのですが、これには本当はひと言では語れない意味が含まれています。
一概に邪魔が入るからといって、同じように判断してはいけないこともあります。
最初に辞書に載っているようなことを書いて説明してしまっていますので、悪い意味のように捉えてしまいがちですが、邪魔という表現が正しいのか分かりませんが、好転する兆しとして起こるケースも存在します。
それには何か行動しようとする時に入る一般的な邪魔というのは、煩悩的な邪(よこしま)な逃げに入るような邪魔であったり、人為的なものであったりハプニングが起きたりするものと、忘れてはいけないのは守護霊などのメッセージのケースなどがあるわけです。
それらをこれから次の項で説明していきます。
邪魔が入るという好転の兆し(好転反応)
なにか新しいことを始めるときや、頑張ろうとするときに邪魔が入るという意味は、多くの場合は良くなる好転の兆し(これを好転反応といいます)と捉えるべきです。
なぜこのような時に邪魔が入るのかといいますと、何事も価値のあるものは簡単に手に入らないものだからこそ霊的なものが邪魔したりスムーズにいかないようになるのです。
たとえば、いまの状態がよくないと感じてステップアップをする行動をとるということは、邪魔つまり霊の思考の影響から外れることを意味しますので、阻止するために邪魔が入る形でアクションしてくるのです。
言い方は悪いですが、低級霊といわれるもののなかに波長に同調するものや人の成長を妬んだりするものは数多くいますので、それらのものが足を引っ張ることはよくあることです。
これについては、そのうち別の記事で詳しく伝えれれば書いていこうと思います。
もうひとつは私自身も神社は経験がないのですが、お寺や霊能者に除霊や鑑定などの相談に行こうとする時に急に予定が入ったり体調が悪くなったり道に迷ったりしてスムーズに行けないようなこともあります。
これらの場合はハッキリ言いまして取り憑いる霊や良くない霊が邪魔してくるもので、このようなことは当たり前のようにあります。
ですから逆にスムーズに事が進む方が、霊障ではないケースや霊能者がニセモノなどの可能性があるということにもなります。
このように通常は霊的なものよりも、何か行動しようと前向きになるときに邪魔が入ることでスムーズにいかない場合は好転反応の可能性があるということを覚えておいてください。
ただし遊びに行こうとする時に親に止められたとか、テレビやゲームをしている時に用事を言われたなど遊びや娯楽などに関しては論外なものとしてお考え下さい。
邪魔が入る時と入らない時の違い
邪魔が入る時と邪魔が入らない時の違いは、どうしてなのかとお考えになられると思うのですが、実は邪魔というのは最初に入る時と途中で入ってくる時があるものです。
ここがどうしても最初に行動しようとする時に邪魔が入ると、これは良くない知らせなのかとかヤル気をなくす元になりかねません。
といいましても、何かしようとする時にも大きいこと(起業や新しいことを始めるといったこと)から日常的(食事の支度や出掛ける時間など)なものまでありますが、冒頭に書きましたように、邪魔が入るというのは成長の妨げになるようなものであるということです。
一般的にいえば仏道修行など私たちには無縁に近い話になりそうなものですが、本当はそうではなくて日々生きていることが人間としての修行であるのです。なにか宗教のような文言になりましたが、日々過ごしているなかで色々なことを経験して処理することが成長につながるのです。
たとえば料理を作っている最中に電話が鳴ったり、LINEやメールが来てスルー出来ればいいのに手が止まってしまって返信して料理がうまく作れなかったり、寝る時間が遅くなったりバタバタしたりするものですが、これも捉え方ひとつで変わるものだということです。
その起きたことにイライラするのか、仕方なく思うのか気持ちに余裕を与えるためだったことと考えるのか、人によって成長や退化の気付き瞬間でもあるのです。
すべては落ち着いたときに一度立ち止まって冷静に振り返ったりして、なぜ起きたのかを考えることは、とても有効です。
邪魔が入らないときというのは物事がスムーズにいっているので深く考えないことのほうが多いものですが、その場合も注意だけはしていたほうがいいです。
得(え)てして冒頭にも書きましたが価値のあるものほど邪魔が入ったり手に入らないものだということを肝に命じて欲しいと思います。
ですから簡単にお金が入るというようなものはスムーズに事が進みますが、のちに詐欺のようなものだったというように何か問題があるのではないかと慎重になるべきなのです。
恋愛にしても自分には不釣合いに条件のいい人が現れたときも、もしかしてぐらいな気持ちはもっていたほうがいいわけです。
邪魔が入るという違いは最初に起きることなのか途中で起きるものなのかの違いでしかないということですが、行動しようとする時に初めに起こる邪魔の方が大変ですが意味のあることが多く、途中や後半に起こる場合は困難になる場合が多いということになります。
企業経営でも最初から順調にいき過ぎると途中で事態が急変したことに対応できなくて破産したり自殺という大きなことにもなりかねないということを例えとして説明に入れてみました。
私が何か新しいことにチャレンジするときに、スムーズにいかないときのほうが前に進んで正解だという決断をすることのほうが多いのも経験からもいえることです。
最近は前に進むのに邪魔が入って投げ出しそうにもなりますが、そのような時に限ってゾロ目ばかり見たり不思議なことが起きるのでネットで調べてみますとエンジェルナンバー(詳しくは知りませんがネットで出ていたので・・・)があって意味を調べたりすると「前に進んで問題なし、叶う」などの暗示につながったりするようになりました。
このようなことは神仏を信じて感謝しているからなのかもしれません。
邪な気持ちに邪魔が入る意味
この項での邪魔が入るというものは、本人の気持ちが波長の合った同調する霊に加担されることによって方向がズレてしまうことを意味します。
この邪(よこしま)というと、正しくないこと・良くないこと・心がねじれているなどを意味しますが、ここでいいます邪というのは煩悩的なものとして考えて欲しいところです。
この煩悩的なものですと男性ならアダルト系や物欲に関するものや女性なら物欲や飲食系などのものなどが代表的なものかと思います。
私などもこうやってブログを書いているわけですが、あまり勉強もしてこなかったせいかパソコンに向かうと、ついYouTubeを見てしまったりショッピングサイトを見てしまったり本来するべきブログを書く行動に進めないこともよくありますが、このようなことをいいます。
ここでこのようなことを伝えますと普通に意志が弱いだけと思われるかもしれませんが、まさにその通りで否定はしませんが、霊的な観点から書いていますので参考にして頂ければと思いますので続けます。
何かをしようとするときに興味のあるような関係ないものに逃げてしまうもので、切り替えができる人はいいのですが苦手意識があるとつい流されていくことになるのですが、そうなりますと魔が微笑み助長してくるのです。
魔というと変ですが同調したり貶(おとし)めたりして喜ぶ霊たちが多く存在します。
霊の存在を信じなかったり霊に陥れられることなどを否定する人もおられると思いますが、実際にはこのようなことを発信する方が難しい部分だから仕方ないと思います。
ひとつ間違えれば頭がおかしいと思われかねない事柄だからです。
いうなれば自分の行動を見えないものの責任にするなど到底信じ難いですからね。
しかし、この邪魔が自分の弱さなどで流されていると考えるのが普通ですが、実は遠ざけるチカラは自分以外からも流れてきています。もっといいますと自分の弱さで逸(そ)れた気に拍車をかけるのが、ここでいう邪魔が入るという魔の存在なのです。
著書のなかにナポレオン・ヒルの「悪魔を出し抜け」というものがあるのですが、その作品も発刊までに相当の時間がかかったともいわれていますが、このようなことに関する興味深い内容が書かれています。
こういった書物にありますように、『悪魔(霊)というのは何かを為そうとする私たちのスキを狙っていて横道に逸(そ)れるように思考に入り込み邪魔をするのです。』
こういった逃げに走ってしまう行動を制するには、まず自覚してダメなことだと認識することから始めなければいけません。私も幾度となく流されてしまって、その都度反省したり改めながら神仏に願いながら方向修正をはかっています。
私の方法がすべての人に効果があるかは不明ですが、私の場合は不思議と流れを変えることができています。
このような部分での邪魔が入ることについては、いまやっていることに成果が見込める暗示であることも忘れないようにして下さい。打破すれば必ず良い結果に結びつく確率が高いものであることです。
邪魔が入るのは危険回避のケースも
いままで邪魔が入ることについて色々なパターンを説明してきましたが、危険回避などのケースもあることを説明していきたいと思います。
本当なら航空機事故や震災被害に直面しているはずの人が、なんらかの都合でその場に居合わせなかったために難を逃れたという人がいますが、これらも邪魔が入って時間に間に合わなかったり行けなくなったり当該地から離れるケースです。
これを邪魔が入るというのは、とても失礼な話になってしまいますが背後霊による働きかけのことがあります。
ここまで重大な事故や被災ではなくても、時間がズレたことによって難を逃れるといったものはよくあるケースです。
最近は特に事故や事件に巻き込まれるのは紙一重の世の中で、自分が乗り物に乗っていて起こす事故さえあります。捉え方は人それぞれですが、その時間に何もなかったから普段通りに出ても大丈夫だったというのも、いま普通に過ごせてるからいえるものでしかありません。
ただ気付きのための事故を起こす場合もありますので、そのときは他責するのではなく己を振り返るタイミングがきたと思って下さい。
さいごに
サラっと「邪魔が入る」で検索してみて流し読みしてみましたが、このように書いている人がいていないようですが、あくまで経験から書かせていただきました。
「邪魔が入る」から良くないとかダメな暗示ではなく、むしろ良い結果になる好転反応と捉えるほうが良い場合が多いということです。
いくつかケースを書きましたの。参考にして頂ければ幸いに思います。
では、この辺で終わります。
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました<(_ _)>