供養と成仏

終戦から77年|戦没者の霊と成仏について

終戦から77年を迎えますが、今もなお彷徨う戦没者の霊がいることをご存知だろうか。戦地に行かれた人や空襲や内戦によって命を落とされた人などの想いが様々にあり成仏的なことについて書かせていただきます。

 

はじめに

最初に知らない人もいると思うのでお伝えしたいのが、戦争で現地に行って戦闘で亡くなった戦死者よりも餓死や病死などで命を落とした人が半数以上にいたということらしいです。

その割合は、戦死約30%・餓死や病死や自殺などで約60%・その他(上官などによる他殺や事故死など)約10%だったとのことです。

(太平洋戦争での参考資料には、6割~7割の兵士が餓死や病死と記載。)

この当時に空襲や原爆による民間人の死者が80万人もいるのです。

こうした悲しい事実は、上官などの戦争での上層部の人間が亡くなってから語られるようになった事実として知っておいてよいと感じます。

 

いまから100年も経たない時期に起こっていたわけですから、戦争の現実を忘れてはいけないことも然りであり、当記事では戦争に関連して亡くなった人を戦没者と総称させていただいてうえで下記に続けます。

 

成仏できない戦没者たち

慰霊や鎮魂の意味を込めて終戦記念日の式典を行ない、私たちは供養の意味を込めて黙とうをし、国のために命を落とされた人たちの現実を少しでも知って頂きたい願い、そして今もなお彷徨う霊たちがいる現実について書いていきます。

戦没者のなかには現実を受け入れることが出来なくて彷徨っていたり、病気を患ったまま亡くなったり戦火の被害に遭われ今なお苦しみの渦中にいたり、離れ離れになった大切な人を探し続けたり様々な霊がおられます。

もちろん戦地において餓死になられた兵士の霊というのもいます。

このような故人の霊は何か悪いことをしようと出てくることは少ないのですが、負傷した兵隊の姿で出て来たりすることは当然ありますので、血だらけだったり腕や足が片方なかったりすることはあってもおかしくないわけですが怖がせているものではありません。

ですから、国内の戦地周辺で兵隊さんの霊が出てきても怖がることはありません。

 

戦地には餓鬼になった霊も存在する

戦争の舞台になった場所においては、負傷した兵士やマラリヤなどの疫病などで病気になるもののほかに兵糧(ひょうろう=軍隊の食料)が満足に届かずに餓死する人が多くいたそうです。

と、ここで話が逸れますが、皆さんは人間の三大欲求をご存知でしょうか?

ご存じのとおり、もっともポピュラーなのは「睡眠欲」「食欲」「性欲」です。

このことには当然に個人差があり、そこまで欲求がないという人もいるかもしれませんが、3つのうちの睡眠と食事は摂らなければ死んでしまいます。

そう、そこまで食べなくても困らないという人もいる反面に、食べるということに執着の強い人だっているわけで、人間は間違いなく十人十色で自分目線では計れない生き物です。

霊だって同じことが言えるわけであり、まして戦争という状況下で食事が楽しみの一つになっていたことも拭えないことと感じます。

つまり食べることさえままならない極限な状態が続いて死んでしまいますと、その意識は食への執着が強くなり一般の人や故人の霊には救えない餓鬼となってしまうことがあります。

飢えに苦しんだ皆がそうなるといっているのではありませんが、ごく一部の兵士の霊は餓鬼へと豹変していくのです。

これが生前と同じく十人十色であり、そんな状況下であっても成仏するものがいれば餓鬼になり彷徨うことにもなるものもいるのです。

そうしたものが戦地だった場所で今なお彷徨っていたりします。

 

空襲があった地域の川には陰の気

国内でもネットなどで調べてみれば空襲があった場所というものが出てきますが、そのあたりの川には焼け出された多くの人が飛び込んだようです。

私が直接聞いた話では、焼け野原になった場所に転がる遺体を河川敷に集めて一時的に置いていたとも言っていました。

そのあとのことは失念しましたが。。。

 

こうした河川敷や池などの水場には、戦時中の霊がいててもおかしくないのと同時にそうした人たちの念が残ったままになることもあると感じます。

彼らが何か悪い霊障を起こすようなことは稀ですが、やはり救われて欲しいと願います。

たしかに、遺族の供養や思いによって戦争に巻き込まれた故人の霊の多くは救われてはいってはいるのですが、すべてではないのです。

 

戦地だった近くのホテルや旅館に兵士の霊

日本国内に限らず戦地だった近くの宿泊施設に泊まると兵士の霊が出てくることも不思議ではないと感じます。

しかし、多くの人は見えないと思うので気にすることはありません。

そういった宿泊施設で兵士の霊が見えるのは女性のほうが多そうです。

何故かといいますと、戦争に召集された人は17歳~40(45)歳で年齢的にも女性に興味がある年代の人が多かったと考えられます。

まして禁欲を強いられていますから、女性に興味があってもおかしくないのです。

そうしたものが、たまたまなのか姿を現すことがあるようです。

戦没者に対して少し不謹慎な表現かもしれませんが、参考として書いておきます。

 

さいごに

毎年8月になると終戦記念日のことが入ってきますが、少しでも戦没者の霊の現実を知って頂きたく書くことにしました。

戦時中の情報を見ていますと、欧米諸国は自国の兵士の命に重きを置いていたにもかかわらず、日本という国は残念ながら人命を粗末に扱ってきた経緯があります。

終戦してから時代が変わっても、国としての民を軽視する考え方は変わらずと個人的に感じますので、社会の流れに沿うことは大切なことですが一人一人が個性を大切に思いやりと優しさをもって生きていって欲しいものです。

戦争という同じ過ちを繰り返さないためにも、たとえ戦争にならなくても、たったひとりの良い行動が微力と感じたとしても波紋は必ず同調するものによって広がりを見せるものですから不思議な力を信じていって下さい。

 

それではこの辺で終わります。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。<(_ _)>

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