神仏に関すること

神社参拝で神様に向いてもらう方法

神社参拝について、御参りに行って多くの人が祈願するなかで神様に向いてもらうためには、参拝に対する考えを改めないと幾度通おうが意味のないものとなってしまいます。

 

はじめに

当ブログの管理者であるイトケンも、昔は皆様と同じ感覚で神社参拝をしていました。

 

何の疑いもなく、礼儀やマナーを守り、神様にお願い事をして帰っていたものです。

 

でもね。。それが本当は、とても失礼な行為だったのです。

 

一応、参拝の基本として

御存じだと思いますが、まず神社に着いたときに、参拝する方法から書いていきます。

<参拝>  鳥居のところで一礼する。

 

手水舎で、杓で両手を清め、杓の水を手に取り口をゆすぐ。

 

参道の真ん中は神様の通り道とするため、参道の端を歩くようにする。

 

<本殿(神前)>お賽銭は投げ入れないように、静かに収める。

 

二礼二拍手一礼➡二回深くお辞儀、二回拍手を打つ、一回深くお辞儀をする。

※神社によって異なる作法があるため事前に調べる。(本来、明治以前は三礼三拍手一礼であり、神聖視された三という数字に由来する。)

 

個人的には、作法が異なる神社以外は、『三礼三拍手一礼』を推奨します。

 

<話しは戻って>  参拝が終わったら、参道の端を歩いて鳥居に向かいます。

 

鳥居に着いたら、振り返り神殿にむかって一礼してから、外に出る。

 

これらの参拝方法は、だいたい多くの人が認識されていることと思いましたが、念のため記しておくことにしました。

 

神社参拝で最も大切なこと。。そして間違った認識

神社の本殿に向かいますと、多くの人が願い事をすると思うのですが、実はこれが間違った認識なのです。

 

何も願い事をしては、ダメということではありませんが、通常は『感謝』をお伝えするところが神社です。

 

日々、自然と共存しながら平穏に暮らせているのは、神様の存在があってのことで、大難を小難に小難を無難にしてくれているのです。

 

こんなことを書けば、「えっ、神様いてるのに何もいい事ないやん」になりそうですが、何もなく普通に過ごせていることが有難いわけです。

 

自然環境全般・自然災害・生態系・自然の恵み・食物・命拾いなど、人々が当たり前すぎて気付かないサポートをしてくれています。

 

それらの神様の恩恵に、感謝をお伝えに行くのが、神社というものです。

 

これを『神恩感謝』といい、神様の恩恵に感謝することが基本です。

 

世の中の慣習や間違ったスピリチュアルの氾濫によって、神社=人間の願いを叶える場所や存在といった認識が色濃く染みついています。

 

先日とある神様とのやり取りから。。

 

『御参りに来るものは、みな自分の願望や欲ばかり』だと嘆いておられました。

 

こうした神様の仰られることが現実ですが、何も祈願を叶えてくれないかというと、そうではありません。

 

神社祈願は神意を汲んでから行なうもの

神意とは、字のごとく神様の御意志や御心(お考え)のことです。

 

初詣に行こうが、普段から御参りに行こうが、平穏に過ごせていることに感謝をする。

 

でも、努力しても人間の手には叶わない、人知を超えた難局などが生じたときには、神様に縋って良いと思います。

 

祈願の内容が利他に通ずるものであれば、なお御聞き届け頂けるかもしれません。

 

とにかく我欲に対する祈願は、時間の無駄なのでやめた方が賢明といえます。

 

他力本願や御利益信仰は、神の意に反するものと覚えておいた方がよろしいと思います。

 

さいごに

少しでも、神社参拝の現実を、ご理解いただけると幸いです。

 

それでは、このへんで終わります。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。<(_ _)>

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