我慢をし続けることはストレスになり心身に悪い影響を与えるばかりか運を逃し低迷する原因になりますが、逆に我慢することをやめると運が開けて良くなっていくことの方が多いものです。
はじめに
我慢は美徳でもなく、ストレスの元になるだけのもので、取り除くことが最善です。
そこで我慢することをやめると、運が開けて良くなることについて、説明していきます。
なぜ我慢をやめると運が良くなるのか
我慢というと分かりにくいですが、少し意味合いがちがっても「辛抱する」です。
辛抱するとは字の如く、辛いものを抱えると書きます。
辛いものを抱えているとストレスになったり視野が狭くなり、常に最善の状態が保てなくなることを意味します。
そうなってきますと、良い運がめぐってきても掴むことが出来ずに、次々と悪い流れを自然と引き寄せてしまうのです。
ところが、我慢をやめると。。。
心の重石が取れたように視野が広くなり(戻り)、要らぬことを考える時間がなくなり、ストレスからくる不調が消えます。
それだけではありません。。
心の靄が消え去ることによって、自己の直感と霊的存在から受ける直感を受け取れるようになり、行動力のパワーを取り戻します。
我慢をやめる行動に労力や犠牲また勇気が伴うこともあるかも知れませんが、限りある人生に陰を落とす不要なものは取り除くべきです。
自分のなかの不安や不満を取り除き、心の安定を手に入れることは、良い運を引き寄せやすい状態を作っていくということに繋がります。
こうして試練を乗り越えたことは、魂の成長と糧にもなり、以前より一層の輝きを増すことになるので視野も変わります。
戦うことも辞めることも、そうした決断という行動自体が運を自分で変えることになり、結果的に運がプラスに動いていくのです。
我慢をやめるということは、自分を労わり大切にする当然の行動といえましょう。
身を切ろうが犠牲を被ろうが我慢しない
前述しましたが、行動を起こすことで何らかの犠牲や労力を伴うこともあるかも知れませんが、すべては自分を守るための行動です。
『窮鼠猫を嚙む』の精神で、道理の通らない理不尽な行為や言動には、如何なる相手であれ我慢してはなりません。
職場環境に問題があるならば、欠勤や退職をかけてでも我慢せずに行動する。
家庭問題においても。。
子育てに協力しない男性が多いようですが、こんなもの甘えさせて良いわけないのです。
間違いなく、仕事より子育てのほうが何倍も大変なことをわかっていませんので、我慢することなく手伝わせましょう。
ミスしても愚痴を言っても喧嘩しても、そこは我慢して煽ててやらせたら良いのです。
食わしてやっているの一点張り男ならば、母子が先々やっていけるよう計画的に動いて見切りをつけるのも一つです。
我慢をやめることについて
大まかな話になりますが、知ってて欲しいことをあげてみます。
人間は、みんな平等であること
職場の社長であろうが上司であろうが、すべて同じ生身の人間でしかありません。
誰が上で誰が下はなく、社会の風潮がおかしいだけで、見下されたり理不尽な攻撃を受ける筋合いは一切ありません。
我慢は美徳ではない
正直、いつの時代の話ですか?ってものです。
見守るということが良かったりする場合はありますが、我慢をして国が良くなりましたか?我慢して何か改善されましたか?ということです。
自分の身は自分で守る
自分という人間は、誰のためでもなく自分のために生まれてきて死んでいくのです。
心も身体も自分で維持管理していくものなので、身体の健康を維持するように心の健康も保っていく必要があります。
開き直ることを恐れない
我慢するような出来事が訪れたら、「もういいや」「なるようにしかならん」という風に進退をかけて挑んだり戦うこと。
捨て身の精神は、時として幸運の女神が振り向くことがあります。
マインドコントロール
多種多様な人々が混ざり合って社会が構成されているので、国や権力者は大衆を纏めるために多少でもマインドコントロールしているものです。
我慢もそのうちの一つで、大人しい国民性を作るためには必要な手段なのでしょう。
攻撃は最大の防御なり
スピリチュアルを発信してて、この文言どうかなぁって思いますが、これ間違いなしです。
やられたら反撃したら良いというよりも、気持ちが守りに入ると怖いものができて弱くなるといった意味合いがあると思います。
既成概念に捉われない
既成概念とは、社会全体に広く浸透している一般的な考えのことをいいますが、道理が通らないことがあれば、捉われる必要はないのです。
いまの社会は特に変化が著しいので、既成概念自体が時代に合わないことも多々感じられるようになっていますので、発想の転換も十分にアリです。
必要な我慢もある
多くの人はお分かりだと思いますが、「必要な我慢」というものもあります。
それは。。。
食欲・性欲・物欲など欲望に関する我慢というもので、理性をもつ人間にとって節度(節制)ある行動は、より良く生きるための基本となります。
欲に関わるものはすべて、『過ぎたるは猶及ばざるが如し』
何事もほどほどが大事で、度を越すと良いものでも悪影響を及ぼすという意味です。
かの松下幸之助の言葉に「本能はエネルギー、理性は舵」というものがあるように、理性には舵取りが大切と言っています。
人生は山あり谷あり、快楽は山をあらわし、過ぎたるは谷を味わう。
さいごに
何か少しでも参考になれば幸いです。
それでは、このへんで終わります。
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。<(_ _)>