大切な人の遺骨を何らかの理由でお墓と自宅や総本山・遺骨ペンダントなどといった形で分骨されるケースもあると思いますが、分骨することによって成仏に影響を与えたり霊的な問題に対する有無などについて説明していきます。

 

はじめに

家族や愛する人の遺骨を分骨することについて、有名な霊能者は一律に良くないと言っていることを散見するので書きます。

 

先に申しておきますが、如何なる霊能者であっても完璧な能力を持ち合わせた人はいませんし、霊の世界は奥深いのです。

 

一片だけを切り取って断言するのは誤解を招くことにもなりますし、邪な霊が誤ったことを吹き込むことだって多々あるのです。

 

おそらく、その状況を知る霊能者は少ないことでしょう。

 

能力の高い霊能者の足元にも及ばない未熟な能力しかないイトケンですが、特殊な経験をもつので分骨に関しての見解をお伝えします。

 

遺骨とは衣服同然のもの

人はこの世を旅立つと、肉体から離れて本来の姿である霊となって生き続けます。

 

この肉体とは、地上にいるとき限定の仮の姿なわけです。

 

要するに、衣服を着るように人間として肉体を纏い、死んだときに肉体を捨てて元の姿に戻ります。

 

ですから、霊能者は故人の服装や髪型や人相などが見えるわけで、遺骨がなくても現存している姿を表現できるのです。

 

分骨に問題があるという説について

あなたは脱ぎ捨てたもの(肉体)が焼けて、使えなくなった(遺骨)ものに対して、どうしても取って置きたいと思いますか?

 

それも死んだあとも、骨はすべて揃っていないと落ち着かないですか?

 

これね。。。

 

ミニマリストが居たり、物を捨てられない人が居るように、みんな感覚や性格がちがうので一律なものとは言い難いのです。

 

焼けて使えなくなった骨をバラバラに分けて、何が辛いのでしょう?

 

あくまで記念や収集癖の強い人は、もしかすると骨に拘るかもしれませんが、そのような人はとても稀な部類です。

 

戦争で帰らぬ遺体・大空襲などでまとめて大量に焼かれた身元不明の遺体・津波で帰って来ない遺体・未だに地面に埋まる遺骨など。。。

 

最近では、クマに食べられて身体の一部がなくなっている人もいましたね。

 

こうした形で遺骨になった故人の霊は、みんな寂しくしたり成仏に影響していると思われますか?ということです。

 

死んだあと、自分の骨を探している霊の話を聞いたこともないですよね?

 

つまり。。こうした分骨に対する見解というのは、信憑性に欠けると言わざるを得ないわけです。

 

火葬場で一部の骨を処分するケースも・・

各自治体や都道府県によって、骨壺の大きさが違うことをご存知の人も多いと思います。

 

関西地方の骨壺は小さくて、喉仏を中心とした一部収骨(部分収骨)ですから、骨壺に入らない遺骨は火葬場で引き取ってもらいます。

 

(ちなみに、関東は全骨収骨ですから、すべて骨壺に入ります。)

 

有名な霊能者たちが分骨は良くないという見解ですが。。。

 

関西地方は、一部の骨しか持って帰らないことからも、分骨について万人に当てはまるものではないことがわかるわけです。

 

誤った情報を認知するから問題が出る

そうした有名な霊能者の話を鵜呑みにしていることで、自分が死んだときに遺骨に対しての意識が変わってしまうのです。

 

分骨したら○○だからという念が湧き、ただの抜け殻であったはずの骨に対して、執着が生まれるといった悪循環を招きます。

 

再度いいますが、どれほど凄い霊能者とて、間違った認識は少なくないのです。

 

「弘法も筆の誤り」「猿も木から落ちる」というように、霊能者如きが奥深い霊の世界を見誤ることは多々あるということです。

 

如何なる霊能者であっても、鵜呑みは良くないことも多いのです。

 

さいごに

知人の行者から話があったので、既存記事をリメイクして説明させて頂きました。

 

分骨した遺骨をお墓に戻すときに分骨証明書が必要になるので、将来のことを考えれば、分骨証明書は取得しておいた方が賢明です。

『分骨証明書』は、火葬時なら火葬場、それ以降なら霊園やお寺の方で発行してくれます。

 

それでは、このへんで終わります。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。<(_ _)>