神仏に関すること

ご利益と対価の代償

神仏を祈願してご利益を授かるものには3通りのものがあり、祈願が叶ったからといって手放しで喜べない代償をともなうケースを含めて説明していこうと思います。

 

はじめに

神仏のご利益授かるといったものには、3通りのケースがあります。

 

しかし、そのなかにはご利益を授かることによって大きな代償を伴うものが実際にあるので、それらを含めてご利益に関係するものと、代償を被るものがあることについて説明していきます。

 

⑴、本当はご利益でないもの

「ご利益でないもの」があるの?と思われるかもしれませんが、これが意外と多いものです。

 

いかにも神仏に祈願したことで願いが叶ったと思っていたものが、実は自分の努力の結果だったり運命が関係して祈願が成就したように感じたケースです。

 

合格祈願などは本人の実力であったりしますが、志望校に入れないことが後々の人生に意味のあるものになったりすることもあります。

 

つまり神仏に祈願していなくとも同じ結果になっていたもので、神仏のおかげだと思い込んでいることがあります。

 

⑵、ご利益としたもの

現実的な話になりますが、神仏祈願で願いが叶うのは僅かなものです。

 

もちろん、ご利益といったものが全くゼロではありませんが、そこには祈願で成就した人に意味のあるものにならないと叶いにくいのが現実です。

 

例えば、会社経営がうまくいくように祈願して叶ったことにより、会社の従業員がより良い生活ができたり社会貢献に役立つことになるものだったり、病気平癒(へいゆ)することで本当の生きる意味を見出したりすることなど。。。

 

聖天(大聖歓喜天)様などは、利己的でない健全な考えを持った祈願者の願いは叶えてくれやすい神仏の中でも屈指な存在だったりします。

 

大前提として、利己的でない願いしか叶わないものです。。。

 

⑶、ご利益に対価が伴う危険なもの

お金が入ってきますようにと祈願したら、〇〇万円の臨時収入が入ってきたみたいなもの。。。

 

これ、めちゃくちゃ危険なことのほうが多いものです。

 

実は、願いを叶えているのは神仏ではなく低級霊や魔物といった厄介な存在。

 

彼ら(低級霊や魔物)は、人の欲に反応し願いを叶える代わりに必ず対価を取りに来ます。

 

その対価は、祈願が叶った人が一番大切と思っているもの。。。

 

例えば、自分の命であったり家族や愛する人が関係するものだとか、その人が嘆き苦しむようなものが多く見受けられます。

 

熱心に祈願して大切な人の命を助けてもらった代わりに、大変な介護が延々と続くようなことなども低級霊や魔物が関係しています。

 

思わぬ大金が転がり込んできたことによって、自己破産につながったり大きな事故に巻き込まれて亡くなったり障害を背負ったり、ハイリスクハイリターンの様相をみせます。

 

だいたいの場合、利己的な願いが叶ったような時は神仏ではありません。

 

神社やお寺には、神様がいなかったり仏様と道がなかったりするところが少なからずあり、そういった所には必ずといっていいほど低級霊や魔物が棲みついています。

 

さいごに

スピリチュアルで有名なあの人もこの人も、ご利益の話を盛り込んでは人々の興味を煽っていますが、現実はそんなに甘いものではないのです。

 

霊能者といわれる人ほど、低級霊や魔物が狙う格好の存在です。

 

いま人々に大切なことは足元を見るべきことであり、欲に浮かれて現実を見失っては本末転倒というものです。

 

欲という字は『谷を欠く』と書きますが、上ばかり見て足元が疎かになった状態であることを表してもいるのですよ。。。

 

それでは、このへんで終わります。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。m(_ _)m

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