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自殺した人を供養以外で救う方法

大切な人・家族・恋人などが自殺で亡くなったときに、供養以外に苦しみや罰から救い出して助ける方法がないものかと当ブログに問い合わせをいただく人が少なくありませんので、今回は供養以外に遺族や残されたものが、自殺した人救ったり助ける方法を根拠をもとに説明したうえでお伝えしていきます。

 

自殺すると何が苦しむことになるのか

 

まず知って頂きたいのは何が苦しむ原因になっているのかを説明させていただきまして、次項にて供養以外に救う方法についてお話をさせていただこうと思います。

一般的にスピリチュアルな人が発信するものを見ていますと、比較的多くの人が「地獄行き」「暗闇」などといっているようですが、何をもってそのような話になるのかが理解できません。

私がブログで書いているのは実際に経験してきたことを書いていますが、長く続かなくても自殺した霊が普通に話すこともできることを知らないのも不思議でなりません。

たしかに自殺霊があるとき急に苦しみ出して豹変したことを目の当たりにしているので、自殺すると温和だった人でも地縛霊のように急変して苦しみから抜けれなくことも知っています。

ですので自殺したとしても四六時中永遠に苦しみ続けることではないことを伝えます。

 

『では自殺すると何が苦しむことになるのかを説明していきたいと思います。』

人によって自殺する動機も、異性問題・仕事や学校関係・イジメ・後追い・孤独感・悲しみ・絶望などと様々ですが、これに共通して苦しむのは自殺しようとした動機であって心がギブアップした状態が死後に増大するために予想できないほど酷く苦しむのです。

このような苦しみは人間界には存在しないほど大きいもの、あるいは霊の世界で微塵も紛らわすものがないために苦しむものと思っていただいてもいい程度です。

たとえば何かに追い詰められて自殺してしまった人は、自殺したらそれらから逃げれると思っていたものが死んだことにより更に追い詰められる度合いが増して苦しむのです。

ただしこれは普通に供養されている霊に対してであり、まったく供養もされずに孤独のまま自殺したときには平常心が少なくなり苦しみ続ける度合いが高くなる可能性が高いです。

 

自殺した人を供養以外で救うには

 

多くの人がスピリチュアルなサイトや本などの情報から自殺すれば罪と罰のように考えられていますが、すべては因果応報であって神様が設定するものではありません。

罪にしても現世に生きる人間が作ったものであり、霊の世界では自己の行ないが蒔いた種を自分で刈りとるしかないことから、自殺というのは自分で自分を殺してしまったために生前より長く苦しい因果にはまるわけです。

当然ながら自殺をしなくても悪事を働いたものも悔い改めさせられるので、生前は逃げ切ったと思っても、霊の世界では悔い改めないと同じような低俗な集団しかいないところで苦しむことになり、このものたちも同様に苦しみ酷い場合は本当に暗闇に行くことになります。

ところが自殺したものは例外は別として他人に悪事を働いたのでも殺したのでもないので、孤独のなかで生前苦しんで死をえらんだ動機が回想し自分のなかで増大した思念で苦しむのです。

これは私が自殺霊と接してきた経緯から言えることです。

まとめて同じようなことをいいますと自殺したものが救われないのは、生前に死のうと思った原因になったものが死んでから増大するために罰を与えなくても長い間苦しみ続け、生きているときみたいに記憶の更新も出来ないために、結果として苦しみに耐えるしかなくなってしまいます。

このことから供養によって生前の懐かしかったことなどを思い出したり、忘れずにいてくれていることで気が紛れたりするのですが、結局は苦しみは自分で乗り越えるしかないことになります。

そこで残されたもの(遺族など)は、自殺してしまった大切な人を励ます必要が出てくるわけです。

では、どのように励ますことが良いのかを少しあげてみます。

 

✔生まれてきてくれたことに感謝を伝える

✔親子・夫婦など一緒にいれたことを感謝を伝える

✔生まれ変わっても家族・夫婦・恋人になりたいと伝える

✔自分にとって大切な人だと伝える

✔自分がこの世を全うしたら会いたいと伝える

 

など思いつくところ同じような文言になりましたが、これらは自殺した人が奮起して苦しい思念を断ち切り乗り越えるために残されたものが協力するということです。

いつまでも同じような言葉でもいいですし、一番大切なのはずっと思い続けることで本人たちも孤独ではない頑張らねばという気持ちにさせていかないといけません。

忘れてならないのは、死んだからといっても肉体がないだけで関係は続いているものと理解して欲しいところです。

霊的なものを信じない人からしますと到底理解できないものかもしれないのですが、信じないのであれば死イコール終わりでもいいと思います。これは霊や神仏を信じられる人だけが実践すればいいことですので・・・。

 

供養は自殺した霊にとっても救いのひとつ

 

前項で少し触れましたが、自殺したものが供養をしっかりしてもらえることで普通になれるときがあるのも事実です。

この供養を適当にしていますと自殺したものも救われないことになります。

この適当といいますのは金銭的なものや豪華さではなく気持ちがないことをいいます。

しかし供養は何をしたらいいのかということですが、お墓などは合祀葬でも構わないのですが仏壇がなくても適した安定した場所に位牌を置いて供養することが大切です。

日本ではどうしても慣習から、お墓や仏壇にお金をかけることが死者に対して成仏に影響し良いという考え方ですが決してそのようなものではありません。

これは葬儀社や一部の宗教関係者の利害的なものが絡んでいるだけで、豪華にするというのは遺族の自己満足に過ぎないことですので裕福な人は豪華にすればよいだけのことです。

ですから葬儀全般・お墓や仏壇などにお金はかけなくても大丈夫です。

 

さいごに

 

一部の霊能者などが自殺して成仏していないからと神社やお寺にお願いしたほうが良いなどの意見もありますが、神仏とてそう簡単に手は差し伸べてくれません。

これは霊的な真理からも自分の蒔いた種は自分で刈りとる必要があるからです。

そのあたりからしましても慣れ親しんだ家族や恋人には、私たちのマメな想いの継続が何よりも自殺した人の支えになるかを理解していただきたいと思います。

本当に亡くなっても肉体がないだけで変わらない状態で過ごしています。

 

では、この辺で終わります。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました<(_ _)>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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