死後の世界

自殺したら死後どうなるのか

世の中には自殺したあとの情報が色々あって、どれを信じていいものか分からないと思います。実際のところ引用などの曖昧な情報が多すぎるとも感じます。過去の体験として人に憑依した女性の自殺霊と関わってきました。自殺後の状況を見てきた経緯から自殺したら死後どうなるかを説明していきます。

 

※8月23日事情により概略は削除しました。

※30年5月25日改訂いたしました。

※30年7月23日改訂いたしました。

※30年8月2日大幅改訂いたしました。

自殺した死後の状況

 

これから書かせていただく内容は、著書やネットからの引用やコピーは一切ありません。

偶然なのか必然なのか霊媒体質だった人に自殺霊が憑依し、10回近く関わってきたことからのリアルな部分と感じたものから書いています。

 

自殺しても消え去ることはない

 

もうご存知と思いますが自殺したとしても完全に消滅することはありません。

いままで死んだこともありませんから未知な部分でしたが、多くの霊などと関わってきたことから死後の世界は確実に存在し死後も変わらず生き続けます。

人の死というものは肉体がなくなるだけで、過去の記憶も性格も変わることはありません。

一番わかりやすいのが、本当に死ねたかどうかが分からないような感覚になり最初のころは戸惑うという感覚ですが、そのあたりは時間とともに死を理解できるようになります。

自殺した霊のなかには、自殺したことに成功したと気付かずに自殺を繰り返す霊までいるぐらい死んでも変わらない自分がいるというのが現実です。

このように死後の世界は存在するために、自殺したとしても魂は生き続けます。

 

死後は苦しみ続けるのか

 

このあたりは自殺の原因となった理由や供養などから、個人差が出てくる部分になるのが本当のところです。

私が関わってきた自殺した霊は親がしっかりと供養していたようなので、ずっと苦しみ続けるということはありませんでした。

関わった当初は本当に自殺した霊なのかと思えるぐらい普通でした。

このようなことからも亡くなった人への供養はとても大切で、故人に大きな影響を与えるものであるということを知りました。

このことからも自殺した霊によって、苦しむ時間には差があるものということになります。

 

しかし死ぬということは記憶の上塗りができなくなるということと24時間眠ることは無くなるので、どうしても生前のことを回想してしまうことが苦しくなる状況を作ります。

いま死にたい気持ちがあるとすると自殺することに成功しても、その気持ちは消えることなく死後も必ず自殺した苦しい原因が襲ってくることが現実としてあります。

この苦しかったことを避けても思い出すものでして、この死にたいとか死のうと思った原因を生前のときより何倍もの大きさになって苦しめられてしまいます。

これは自殺した霊にも同じ現象が現れたことからもいえます。

関わってきた自殺霊が温和な状況でいれたのは供養のおかげも大きいと思いますが、生きているもの(私ですが)と話せたことも気が紛れることになったと今では思います。

死ぬということは人間のように会話することもなくなってしまいますので、誰かに聞いてもらったり何かで紛らわすことがなくなり、自分のなかに閉じ込めてしまうので切り替えができなくなります。

出会う前というと変ですが関わるきっかけとなったのは、自殺現場の近くから拾ってきた石に取り憑いていたということからも、私に関わりたかったのか霊媒を陥れるためだったのかのいずれかです。

これが陥れようとするならば苦しすぎて前後不覚な状況になってしまうもので、実際に苦しんでいるときは全くの別人のようになり世間でいいますと怖い霊でしかありません。

私の場合は何回も関わっていたので、まったく怖いということはありませんでした。

このことからも苦しみ続けるというよりも、少し救われるときもあれば苦しむときは今の数倍(相当キツイ)苦しみが続くというのが本当のところです。

これには個人差があり、ずっと苦しむものがいれば救われる時期が少しあるものもいるというところです。

ここは自殺原因や供養などの違いによるところあるので、苦しみ続けるものもいるかも知れないですし、わずかな時間でも救われるときがあるものなど様々で苦しみが一律であるとは決していえるものではありません。

無数の自殺霊と関わってきていない点から断言するには難しいところです。

しかし自殺した原因が死後も襲ってきたときの耐えがたい苦しさが自殺した人の共通のキツイものであるということ。

これほどまでにキツイものを乗り越えないと決して成仏することができないものであることです。

 

自殺しても成仏できるのか

 

これには事故死や自然死といって寿命まで生きてきたものとは大きな違いがあります。

このように不慮の事故や寿命まで生きたものは無念というものがありましても、そこまで大きな苦しみが襲ってくることはありません。

しかし自殺したものの霊というのは前述の苦しさを自己で消化することが非常に困難なために、通常は冷静に向き合うこともあれば、押し寄せる苦しさに負けてしまうといった繰り返しが続くために成仏に時間がかかってしまいます。

上記の困難というのは、乗り越えることが出来なかったために自殺という道を選んだということですから、それ以上の苦しみがあることに対処することを意味します。

簡単なところでいいますと寿命を全うするほうが成仏することは早く、自殺してしまうとその寿命より長くなり中には数百年成仏できないというものまでいるというところです。

ここも個人差が大きなところで自殺してから霊の世界で改心しようとするものが多いのですが、やはりキツイ苦しみに負けてしまいます。

私が関わった自殺霊もそのようなときもありましたが、頑張ろうとすれば苦しんで落ちていたことをみたことがありました。

 

話しが少し逸れますが、未浄化霊の女の子の霊があることにこだわって彷徨っていることがありましたが、私が諭した時にふっと納得できて成仏に至ったというものがありました。

その女の子の霊は、最後にお礼を言いに来てくれたのが印象的でした。

このように霊の世界では、思念が強くなるために目先のことにさえ気づくこともできなくなるというのもある感じがします。

これらのことから自殺すれば、やはり自殺しようとした苦しみを越えないといけないことになります。

 

方向を間違えれば悪霊になる

 

いままで書いてきましたように、自殺すると前後不覚になるぐらいの苦しさが押し寄せてくるために波長の合う人を自殺に引き込んだり、関係のない人に怨念に似た苦しみを味わわせようとするものまでいます。

このようなものは少なからず存在しており、当然ですが成仏どころではありません。

それほど自殺しようとした原因の苦しさが大きいために、このようなことになります。

関わっていた自殺霊との経験から、このようになることも間違いないことなので穏やかに戻るまでは時間がかかるものです。

悪霊みたいな状況になってしまいますと、その状況から脱することは少し難しく感じますが、そこまで自殺霊と現在まで関わっていないので私見として記します。

これらが自殺した人の霊が豹変する要素をもってしまうということです。

 

自殺しても供養は伝わる

 

自殺したら多くのサイトなどで大変な状況や地獄など隔離されるようなイメージですが、おそらく自殺抑止などの意味からそのような表現と解釈します。

しかし実際に自殺霊と関わってきた経緯から申しますと、お墓参りや供養といったことは逐一わかるのが実情です。

このあたりは普通の供養してもらっている霊とは変わりありません。

自殺霊と直接会話して知ったことなので、こちらも間違いない事実です。

 

自殺と自然死のちがい

 

前述の内容に似ているものになりますが、自殺しようとするときに再認識していただきたいことを書いてみました。

 

自殺するとココが大きく違う

 

まず霊の世界ということについて、前置きを知ってもらわなければならないと思いますので、自殺すると大きく関係することなので少し読んで理解して下さい。

霊の世界というと、思念(心に思うこと。思い考えること)が中心の世界になります。

この思念というのが、普通に死んだ人と自殺した人との大きな違いになっていきます。そもそも、これが大きな原因となって死後に苦しむ結果になるのです。

思念という苦しい・悲しい・寂しい・怨み・妬みなどの死のうと思った感情が消えないまま、霊の世界へ行ってしまうかたちになります。

このように穏やかなときもあるのが自殺した人の姿ですが、そんな穏やかなときも長くは続かないというのが現実としてあります。自殺してしまうと生前に死のうと思った悲しみや苦しみなどはまったく消えないどころか、生きているときみたいに何かで紛らわすことが出来ない状態のために死後は何倍も苦しむことになります。

 

自殺しても解放されないのが事実

 

さきほど書いたことの補足のようになりますが、思念が中心の世界と書きましたが自殺しようが寿命まで生きようが、人間という肉体がないだけで他は何も変わらないのが事実です。

いうなれば嫌な思いや苦しい思いをしてることから解放されるために自殺しても、記憶の更新とか上塗りはできないので、人間として死んだ時点でいまの状態の思考でストップされてしまいます。

もっといいますと、原因(パワハラ・イジメ・借金・失恋・人間関係など)から解放されましても、死んだからといっても頭の中はリセットされずに継続していくわけです。

嫌な人から解放されたと思っても、もうお金に心配しなくていいと思っても、失恋して悲しいから離れても、人間関係が嫌になっても本当は解放されているのに思考は何故か引きづってしまうのが現実なのです。

これには思念というものが邪魔をするためです。

与えられた貴重な命といいますか寿命を勝手に打ち切ってしまうのは、それなりの罰のような形で大きな試練として償わないといけないようになります。

私の感覚では肉体は借り物であるという意識が強いものです。

 

霊の世界は思念の世界

 

死ぬということは肉体が無くなるということであって、触れることも話すこともできなくなるということです。

不思議なことに人の身体に憑依することによって、生前のときのように戻れるということになります。

しかし多くの霊は人に憑依することができても、霊媒体質の人のように入れ替わることまでは出来ないために生前のように戻ることは困難であるのです。

ということで霊になれば肉体がないので世界が変わり思念が中心になりまし、いまが想像できないほど念が強くなるのです。

 

生前の痛みは自殺後はなくなる

 

ここは簡単に書いていきますが、飛び降りをしようが電車に飛び込みをしようが死んで霊になればそのときの痛みはまったくありません。なぜならば肉体がないからです。

なかには意識の中で痛いと感じているものが稀におり、本当は肉体がないので痛くないのに意識で痛みに苦しむものもいます。

これが思念の世界の恐ろしさでもあるかもしれません。

肉体的なことは気にすることもありませんが、精神的なことは逃げれず倍増です。

そのうえ自殺したときの姿は回想させられることにもなります。

痛いのは自殺を失敗して生き残ったときは苦しむと思いますし、何らかの身体の不自由もでるかもしれないぐらいです。

 

《自殺霊との会話の経緯や概略》

 

これまで書いてきた参考に書かせていただいた実在の自殺霊のことをまとめました。

 

大阪市南部のとある某公園(固有名詞は隠し)で、桜の木で首吊り自殺をした20代の女性の霊と霊媒を介して関わる。

 

ねえねえ、霊媒ってなに?

 

霊媒ってね、霊が霊媒体質な人の身体に憑依して話すことなんだ。

 

じゃあ何で、その人っていうか霊が自殺霊ってわかったの?

 

それはね、彼女から話してきたからなんだ。生きていれば日常会話のような感じで何回も会って色んな話したからね。

 

自殺霊って暗いイメージとか怖いイメージがあるけど・・・。

 

普通そう思うよね。そのようなことを書いてる人が多いからだよ。多くの人は体験してなくて書いてるから仕方ないと思う。

 

そっかぁ~、そんな人の方が多いのは何となくわかる気がする。

 

これはあまりいいたくないんだけど、自殺したからといって暗闇を彷徨ったり地獄に行くというのはウソです。こんなことを書くと自殺を助長するように聞こえるかもしれないけど苦しむというのは本当です。

 

では、少し説明を続けていきます。

 

自殺霊と関わった経緯

 

最初の数回は、正直ほんとに自殺したのかと思えるぐらい穏やかに話すことができました。霊でなければ普通の女性という印象でした。その時に聞いたことをスペックで書きましたが、やはり書いたこと(思い出しながら書くので)が自殺霊に伝わるみたいで彼女の詳細は削除しました。

自殺霊の女性の了解のもと実際に名前を聞いていたのであだ名で○○ちゃんというように呼んでいました。それほど穏やかな時は、その辺におられる女性と変わりないイメージでした。

霊媒に入って現れたときは、コーヒーなどの飲み物やタバコ(当時ピース)をすすめたりと、本当に姿かたちのない友達感覚だったと思います。タバコはピースというきついものでしたが、むせることもなく喜んで吸っていました。

このように自殺したからといって地獄や苦しむばかりではないのが事実です。ただし自殺霊の彼女から聞いた話ですが親がお墓を建てて供養してくれているようでしたので、供養がない場合は少し穏やかなときが少なくなるかもしれません。

それと霊媒になった人は当時喫煙者でしたが、まったくきついタバコは吸えない人でしたが、憑依するとはそういうことで霊媒(霊に入られた人)の嫌いなものでも憑依した霊の好みが優先するものです。

お墓もあって自殺の原因となった男性が別の女性(彼女)と墓参りにきたことなどを話したり、芸能人だと誰に似てるのか・勤務地や職種など具体的な話しをいろいろしてきました。

 

自殺霊の概略

 

自殺霊の概略(情報)は事情により削除いたしました。

 

まとめ

 

今回まだブログを始めたころに書いた記事で内容がよくないために、令和に入って大幅に記事の内容を刷新致しました。

また気付いたことがあれば、内容に手を加えていこうと思います。

自殺については、私も一度だけ無意識にそのように考えたことがありましたが、別段生きててもいいことがあるとも思いませんが、人生あきらめた部分もあることから人の役に立つように生きていこうと思っています。

書き忘れましたが、自殺してから死後に成仏といいますか本当に救われるのは、寿命の数倍から数十倍と長い時間がかかりますので、なんとか生きる方がマシかもしれないです。

ほんとうは、生を受けて今この世に生まれているだけで奇跡であり幸せなので、肉体を持てる期間は魂(霊)の存在からすれば、とても短く僅かな期間です。ある比喩でいうと、『朝露のごとく儚い人生でまこと一瞬である』ということです。私たちからすれば長く苦しいことばかりに思えても一瞬のように短いものです。

世の中で多いのは確信がないのに80歳ぐらいまで生きると思っている人が多いようですが、自殺なんてしなくても寿命は数年しか生きれないかもしれないのですよ。

死後の世界を知った私からしましたら、今世で人間としていいことがなくても死後の世界の方が長いから死後は霊として安泰を望んで今を生きるのが賢明なのです。

 

ではこの辺で終わります。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました<(_ _)>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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