自殺・自殺霊

自殺したら死後どうなるのか

人に憑依した自殺霊との会話や関わってきた経緯から、自殺したら死後どうなるのかを実際の体験からお伝えします。自殺したあとの死後の姿は一般的にいわれているものが真実ではなく根拠のないものが引用されて多数出回っているのが事実としてあります。そこで自殺したあとの死後の本当の姿を説明していきます。

 

自殺した死後の状況

 

これから書かせていただく内容は著書やネットからの引用やコピーは一切ありませんので、世の中に出回っている「自殺した死後」の情報と異なります。

プロフィールに書いていますが人に憑依した霊と話すことがメインなので、一般的な霊視ではなく直接話を聞いたり憑依している姿から感じ取ったものから書いています。

 

それでは今回の記事のモデルになった自殺霊の内容から紹介します。

《自殺霊の概略》

居住していた地域:大阪府

性 別:女性

年 齢:20代

自殺した動機:異性問題

自殺方法:首つり自殺

この情報については一時期は詳細を記載していましたが、私の方によくないものが伝わってきましたので簡素化しました。

 

では、自殺したら死後はどうなるのかという『事実』を書いていきます。

 

自殺しても消え去ることはない

 

色んなサイトや書物に書いていますように、完全に消滅することはありません。

いままで死んだこともありませんから未知な部分でしたが、多くの霊などと関わってきたことから、死後の世界は確実に存在し魂は死後も変わらず生き続けます。

人の死というものは肉体がなくなるだけで、過去の記憶も性格も変わることはありません。

一番わかりやすい例えですと「本当に死ねたかどうかが分からないような感覚』になり、最初のころは戸惑うという感覚ですが、そのあたりは時間とともに死を理解できるようになっていきます。

自殺した霊のなかには、自殺したことに成功したと気付かずに自殺を繰り返す霊までいるぐらい死んでも変わらない自分がいるというのが現実です。

 

死後は苦しみ続けるのか

 

答えから先に書きますと、生きているとき以上に苦しみます。』

 

このあたりは自殺の原因となった理由や供養などから、個人差が出てくる部分になるのが本当のところです。

私が関わってきた自殺した霊は親がしっかりと供養していたようなので、ずっと苦しみ続けるということはありませんでした。

自殺霊と関わった当初は本当に自殺した霊なのかと思えるぐらい普通でしたが、この部分はほかのスピリチュアルなサイトや書物には書いていないものです。

このようなことからも亡くなった人への供養はとても大切で、自殺した人にとって大きな影響を与えるものであるということを知りました。

自殺した人によって苦しむ時間には差があるものということになります。

 

死ぬということは記憶の上塗りができなくなるということと24時間眠ることは無くなるので、どうしても生前のことを回想してしまうことが苦しくなる状況を作ります。

自殺することに成功しても、その「動機(原因)になった気持ちは消えることなく、死後も必ず自殺した苦しい原因が何倍にもなって襲ってくることが現実」としてあります。

この苦しかったことは避けても避けても思い出すことになります。

それは今の人間の状態と同じで嫌なことは忘れにくいものなので思い出すのです。

これは自殺した霊にも同じ現象が現れたことから、この説明をしています。

 

死ぬということは人間のように会話することも寝ることもなくなってしまいますので、誰かに聞いてもらったり何かで紛らわすことがなくなり、自分のなかに閉じ込めてしまうので切り替えができなくなります。

自殺した原因が死後も襲ってきたときの耐えがたい苦しさが自殺した人の共通のキツイものであるということは間違いありませんし、霊になっている以上は人間のように自殺しようにも出来ない状態に陥り逃げることさえできなくなるのです。

これほどまでにキツイものを乗り越えないことには、決して成仏することができないものであることです。

 

自殺しても成仏できるのか

 

答えは、「成仏はできるが、自死は苦しみが先行するので相当な時間がかかります。」

 

これは事故死や自然死といって寿命まで生きてきたものとは大きな違いがあります。

このように不慮の事故や寿命まで生きたものは無念というものがありましても、そこまで大きな苦しみが襲ってくることはありません。

しかし自殺したものの霊というのは前述の苦しさを自己で消化することが非常に困難なために、通常は冷静に向き合うこともあれば押し寄せる苦しさに負けてしまうといった繰り返しが続くために成仏に時間がかかってしまいます。

生きているときに越えるべき辛苦から逃れるために自死を選んでいるものを数倍数十倍に化した苦しみを越えれるかという問題が出るということです。

簡単なところでいいますと寿命を全うするほうが成仏することは早く、自殺してしまうとその寿命より長くなり中には数百年成仏できないというものまでいるというところです。

ここも個人差が大きなところで自殺してから霊の世界で改心しようとするものが多いのですが、やはりキツイ苦しみに負けてしまいます。

私が関わった自殺霊もそのようなときもありましたが、頑張ろうとすれば「苦しみ悶えていた」ことを数回みたことがありました。

 

方向を間違えれば悪霊になるのか

 

ほかのスピリチュアルなサイトか書物で「自殺したら地縛霊になる」というものを見かけましたが、これは実際のところ稀であるとお答えします。

ただ地縛霊のように悪霊のようになるというのは事実としてあります。

たとえでいいますと、歯痛や頭痛など何でもいいのですが激痛になったようなときに冷静さを失ったことはないでしょうか?激痛に耐えるということは痛みのことしか考えれない苦しさみたいなものと同じように思念を襲いますので前後不覚な状態になり悪霊化します。

(念のため、すべての自殺霊に該当するものではありません。)

話しを戻しまして自殺すると前後不覚になるぐらいの苦しさが押し寄せてくるために波長の合う人を自殺に引き込んだり、関係のない人に怨念に似た苦しみを味わわせようとするものまでいます。

このようなものは少なからず存在しており、当然ですが成仏どころではありません。

それほど自殺しようとした原因の苦しさが大きくなるために、このようなことになります。

関わっていた自殺霊との経験からも間違いないことなので、穏やかに戻るまでは時間がかかるものです。

悪霊みたいな状況になってしまいますと、その状況から脱することは少し難しく感じますが、そこまで悪霊と化した自殺霊と現在まで関わっていないので私見とします。

これらが自殺した人の霊が豹変する要素をもってしまうということです。

 

自殺しても供養は伝わる

 

間違いなく供養は伝わります。

 

自殺したら多くのサイトなどで大変な状況や地獄など隔離されるようなイメージですが、おそらく自殺抑止などの意味からそのような表現と当サイトでは解釈しています。

しかし実際に自殺霊と関わってきた経緯から申しますと、お墓参りや供養といったことは逐一わかるのが実情です。

このあたりは普通の供養してもらっている霊とは変わりありません。

自殺霊と直接会話して知ったことなので、こちらも間違いない事実です。

 

自殺と自然死のちがい

 

前述の内容に似ているものになりますが、自殺しようとするときに再認識していただきたいことを書いてみました。

 

自殺するとココが大きく違う

 

まず霊の世界ということについて、前置きを知ってもらわなければならないと思いますので、自殺すると大きく関係することなので少し読んで理解して下さい。

霊の世界というと、思念(心に思うこと。思い考えること)が中心の世界になります。

この思念というのが、普通に死んだ人と自殺した人との大きな違いになっていきます。そもそも、これが大きな原因となって死後に苦しむ結果になるのです。

 

思念という「苦しい・悲しい・寂しい・怨み・妬み」など死のうと思った感情が消えないまま、霊の世界へ行ってしまうかたちになります。

このように穏やかなときもあるのが自殺した人の姿ですが、そんな穏やかなときも長くは続かないというのが現実としてあります。自殺してしまうと生前に死のうと思った悲しみや苦しみなどはまったく消えないどころか、生きているときみたいに何かで紛らわすことが出来ない状態のために死後は何倍も苦しむことになります。

 

自殺しても解放されないのが事実

 

さきほど書いたことの補足のようになりますが、思念が中心の世界と書きましたが自殺しようが寿命まで生きようが、人間という肉体がないだけで他は何も変わらないのが事実です。

いうなれば嫌な思いや苦しい思いをしてることから解放されるために自殺しても、記憶の更新とか上塗りはできないので人間として死んだ時点でいまの状態の思考でストップされてしまいます。

もっといいますと、原因(パワハラ・イジメ・借金・失恋・人間関係など)から解放されましても、死んだからといっても頭の中はリセットされずに継続していくわけです。

嫌な人から解放されたと思っても、もうお金に心配しなくていいと思っても、失恋して悲しいから離れても、人間関係が嫌になっても本当は解放されているのに思考は何故か引きづってしまうのが現実なのです。

これには思念というものが邪魔をするためですが、思念というのが頭のなかで現実のように投影されるので「もう切り離せたと思っていることが継続」していきます。

与えられた貴重な命といいますか寿命を勝手に打ち切ってしまうのは、それなりの罰のような形で大きな試練として償わないといけないようになります。

私の感覚では肉体は借り物であるという意識が強いものです。

 

霊の世界は思念の世界

 

霊と人間の何が大きくちがうのかというと肉体があるかないかのちがいですが、五感を使わない霊にとって残るのは思念や感性や精神的なもの程度です。

しかし人間の世界を現実と捉えるのかというと感覚的には現在が本当の世界のようになりますが、物質的なものすべてが空想のものであるといいたいところですが説明が難しいので次へすすみます。

ざっくりいいますと、霊の世界のほうが長い時間過ごすことになるのですがテレビやアイドル美味しいものお金も服もカバンもすべて今限定であって、死んで霊の世界に行くとそれらのものに興味というものがすべてなくなっていきます。

すると霊の世界はまっくらで楽しみがないのかというとちがい、人間に見えなかったものが見えたり聞こえたり景色も現在を遙かに上回る情景に出会います。

しかしその真意は思念が映し出すものと霊的に感じるものとになり、霊になっても今のような景色の再現ができますが大方は思念が投影されたり指導霊なるものが支援してくれたりで出来上がるものです。

それほど思念の幅が広がり現実のものと感じながら生活することになります。

ですから嫌な思念をもっていると死んで消えたはずなのに同じ情景を味わうこととなり、せっかく死んだのに抜けれない状況を作り出すわけです。

 

生前の痛みは自殺後はなくなる

 

ここは簡単に書いていきますが、飛び降りをしようが電車に飛び込みをしようが死んで霊になればそのときの痛みはまったくありません。なぜならば肉体がないからです。

なかには意識の中で痛いと感じているものが稀におり、本当は肉体がないので痛くないのに意識で痛みに苦しむものもいます。

これが思念の世界の恐ろしさでもあるかもしれません。

肉体的なことは気にすることもありませんが、精神的なことは逃げれず倍増です。

そのうえ自殺したときの姿は回想させられることにもなります。

痛いのは自殺を失敗して生き残ったときは苦しむと思いますし、何らかの身体の不自由もでるかもしれないぐらいです。

 

まとめ

 

今回まだブログを始めたころに書いた記事で内容がよくないために、令和に入って大幅に記事の内容を刷新致しました。

また気付いたことがあれば、内容に手を加えていこうと思います。

自殺については私も一度だけ無意識にそのように考えたことがありましたが、別段生きててもいいことがあるとも思いませんが、色んな種類の霊と関わってきますと死ぬより生きていた方がマシなのかと思います。

わずか100年の人生ですが、旅行したり遊んだり美味しいもの食べたり色んな服着たりするのも今限定ですから、嫌なことがあったり波乱万丈でも今しか出来ないことをするために生きていようと思います。

書き忘れましたが、自殺してから死後に成仏といいますか本当に救われるのは寿命の数倍から数十倍と長い時間がかかりますので、なんとか生きる方がマシかもしれないです。

ほんとうは、生を受けて今この世に生まれているだけで奇跡であり幸せなので、肉体を持てる期間は魂(霊)の存在からすれば、とても短く僅かな期間です。ある比喩でいうと、『朝露のごとく儚い人生でまこと一瞬である』ということです。私たちからすれば長く苦しいことばかりに思えても一瞬のように短いものです。

世の中で多いのは確信がないのに80歳ぐらいまで生きると思っている人が多いようですが、自殺なんてしなくても寿命は数年しか残ってなくて生きれないかもしれないのですよ。

死後の世界を知った私からしましたら、今世で人間としていいことがなくても死後の世界の方が長いから死後は霊として安泰を望んで今を生きるのが賢明なのです。

 

ではこの辺で終わります。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました<(_ _)>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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POSTED COMMENT

  1. イトケン より:

    たけ様

    コメントありがとうございます。
    とても優しく人望の厚い叔父様が自殺されましたと最近お知りになられたとのこと、とてもショックだと思います。仰られますように、お墓であれ仏前であれ供養をすることによって叔父様の霊は救われます。おそらくたけ様のショックな気持ちが届いているようです。ちゃんと気持ちは伝わるものですから、義務ではなく叔父さんを想ってあげることが何よりの供養です。自殺したものが地縛霊になるなど本当に稀で、そのような霊と接していないものがいうことです。まして優しくて人望がある方だったなら責任感が強すぎたのではないでしょうか?それと自殺現場には叔父さんはおられませんので現場での供養は必要いりません。それよりも何処にいても叔父さんのことを想ってあげる方が何よりの供養になりますのでご安心ください。人間と亡くなった人の大きなちがいは心で思うことが伝わることですから・・・。

    また分からないことなどありましたら、いつでもお気軽にコメントして下さい。

  2. たけ より:

    約30年前に亡くなった叔父さんの死因が自殺だったと最近知り非常にショックをうけました。とても優しく周りからの人望も厚い人で私も大変お世話になりましたので本当にショックでした。少しでも自殺後の苦しみから解放して頂きたいのですが今まで通り墓参りだけでも力になりますか?自殺者は地縛霊になると聞いた事がありまして。。。
    実際の自殺の現場でも供養をした方がいいのでしょうか?
    もしご存知でしたら教えて頂けないでしょうか?

  3. イトケン より:

    プー太様

    コメントありがとうございます。
    嬉しいお言葉ありがとうございます。
    無理せずに頑張って下さいね。

  4. プー太 より:

    ありがとうございます。
    読んで少し楽になりました。
    もう少し頑張って生きていきます

  5. イトケン より:

    向日葵の母様

    お褒めのお言葉ありがとうございます。

    向日葵の母様、ぜひそうして下さい。
    いつでも些細なことでもメールして下さいね。

    お気遣いありがとうございます。向日葵の母様も一日でも早く、少しでも心救われることを願っています。

  6. 向日葵の写真 より:

    イトケン様。

    イトケン様もお辛い事をご自身で経験されている状況で、見知らぬ他人に対して親身になってくださる事、本当に感動します。

    今後は「お問い合わせ」からご連絡させてただきます。

    朝夕冷えるようになってきましたので、どうかご自愛くださいませ。

  7. イトケン より:

    向日葵の母様

    ご返信ありがとうございます。
    少しでもお役に立てたようで良かったです。

    このようなことは、とても辛く苦しいことですが経験したものではないと分からないことだと思います。いまコメント欄からご質問いただいていますが、こういったことは仰る通り不特定多数の人の目に触れるものですので、もし伏せたいことなどありましたらブログ上部の「お問い合わせ」からメールして下さいね。メールは捨てアドでも構いませんので少しでもお悩みが解消されれば、それが一番だと私も思いますのでお気軽にお使いください。念のため「お問い合わせ」からメールをいただく方も多くいらっしゃいますし当サイトの方向性として、そのための「お問い合わせ」という位置づけで開設しています。

  8. 向日葵の母 より:

    イトケン様

    いくつもの稚拙な質問にひとつひとつ丁寧にお答えくださりありがとうございます。
    誰にも聞くことができずに一人苦しみ悩んでいる私にわかりやすく温かい言葉で教えてくださり、久しぶりに涙が出てしまいました。
    いただいたお言葉を毎朝読み返しひとつずつでも実行してまいります。

    本当に苦しく、他にも色々と思い悩む事が沢山あります。ここは公共の場ですので限られた事しか書けませんが、自分の中で疑問などを整理しましたら、またコメントなどさせていただきたいと思っております。
    ひとまず、今回教えていただいたことをよく理解して供養に励みたいと思います。
    本当にありがとうございました。

  9. イトケン より:

    向日葵の母様

    コメントありがとうございます。とても辛い日々を送られていることと思います。

    早速ですが、憑依霊に取り憑かれて自殺するということについて説明させていただきます。

    (質問1)霊に憑かれて自殺した場合は、死後も自殺したものとして苦しみを負うのか?

    これは自殺したい思念が一番大きなものになりますので、霊が加担する形に関わらず問題は苦しみを抱えていた度合いが死後に影響します。ちがう観点から説明しますと、人といいますのは死んだとしても肉体がないだけで精神や思考などは生前のままの状態を継続しますので、霊になることにより思念が生前より強くなるために苦しみます。

    (質問2)自殺が憑依した霊の影響なので事故死のようになるのか?

    たしかに突発的な自殺や電車への飛び込み自殺などは自殺霊やなんらかの悪意をもった霊が引き込む(後押しする)ことはあるのですが、これはその人が自殺したいほど苦しんだり悩んでいたかが一番大きな問題になります。もしそこまで苦しんだり悩むことがなければ死後はそれほど影響は受けることなく苦しみません。そのあたりが事故死のようになるか否かの境目になってしまいます。

    (質問3)自殺したら憑依した霊と同化するのか?

    憑依霊は次なる憑依を繰り返しますので同化はしませんし、霊の数は無数に存在しますので会うこともありません。

    自殺した人を遺されたものが供養以外に助けてあげる方法として滝行に行かれたとのことですが、滝行自体は仰るように自己を清めるためのものになりますが決して間違っているとは言えませんが、亡くなった大切な人の自殺の罪が軽くなるようにとの願いは神仏に届かなくても大切な人にその行為が伝わっていることになります。とても身の切るほど冷たかったものをよく頑張られましたね。

    供養でも一番大切なのは「亡くなった大切な人を想う心」です。その形式的に分かりやすいのが位牌に線香やロウソクの他に水やご飯(水もご飯も食事前に一番に)果物や生前好きだったものを供えてあげるのがいいです。あくまで霊になれば食べるのではなく匂いが主体になりますので、パック物などは匂いがするように封をあけて出してあげて下さい。供えましたら30分ほどで下げて問題ありませんので放置することなく時間には食べ物は下げて食べて大丈夫です。ただ亡くなった大切な人に対して優先する供養は日々「一緒に過ごせたことに感謝する」「いまでも大切に思っている」「また再生しても家族になりたい」などの想いを伝えることで自殺したものが救われることになり結果として最大限に救う方法になります。逆に「どうして亡くなってしまったの」「私はどうすればいいの」などと悩ませる想いや言葉はかけないようにして下さい。

    この想うというのが、自殺したものにとってどれほどの慰めになって苦しみの淵から救われる言葉になることを忘れないで下さい。よくスピリチュアルで適当なことを書かれている人が多いので誤解が浸透しているようですが、自殺したことに対して神様が罪を与えるものではなく、肉体を失くしたものたちは各器官がなくなるために思念が中心になってしまうために生前の苦しい思いが増幅して逃げれない状態になるのです。寝たり食べたり音楽を聴いたり何かで紛らわすことが出来ない世界にいるために逃しようがないなかで、どうして思念を変えれるのかということを考えると出てくる答えかと思います。

    それと最後になりますが、神仏というのはとても慈悲深い存在で人間には考えれないほどの心の広さをもっていますので怒るということはほとんどありません。あとは遺されたものが自殺した大切な人の影響で健康を害したり落ち込み続けることのないように一日も早く元気な姿を見せれるようにすることも、自殺したものも励みになると思います。

    私は説明が下手なので、もしご不明なことや質問などがありましたら、いつでも遠慮なくコメントして下さいね。

  10. 向日葵の母 より:

    イトケン様
    貴重なお話ありがとうございます。
    私は最近大切な家族を自殺で失くしました。遺書はありません。
    それで、自殺したら人はどうなるか、の答えを探していてイトケン様のこのブログにたどり着きました。
    自殺や死後についての記事はほぼ読ませていただきました。
    少しお聞きしてもよろしいでしょうか。

    精神的に弱くなって、死んでしまいたいと思いながらも実際にはなんとか踏ん張るのが普通だと思うのですが、イトケン様の憑依霊に憑かれて自殺する事があるとのお話で、素朴な疑問がありまして、お尋ねします。
    死にたいと思いながらもなんとか生きている人間Aに、悪霊や浮遊霊などが憑依してAが自殺に成功してしまった場合、Aの魂と言いますか、霊性は、やはり死後に自殺した者としての苦しみを負うのでしょうか?それとも、憑依してきた霊のせいで自殺したので、Aは事故死のような死後になるのでしょうか?
    憑依霊と、自殺した人の霊は同化するのでしょうか?

    それから、少し話は違うのですが、自殺して亡くなってしまった人が早く成仏できるように、遺された者が生きている間に助けてあげる方法は、供養以外にありますか?例えば私は、先日滝行を行ってきました。それは自分を清めるためではなく亡くなった大切な人が自殺の罪が少しでも軽くなるように、その罪を清めていただけるようにと行ったものですがそんなのは間違っているでしょうか。または、意味がないのでしょうか、あるいは、神様を(私自身も亡くなった人も無宗教でしたが)怒らせてしまうようなことですか?
    そもそも無宗教なのでお線香やお供えをするのもピンとこないのでどう供養したらいいのかも悩みます。とりあえずは火葬の時と49日にお坊さんにお経をあげていただき戒名、位牌もありますので何となく仏教的な弔いをしている感じではあります。

    無知な質問を沢山してしまいすみません。
    お時間がある時にお返事いただけると幸いです。

  11. イトケン より:

    秋桜様

    コメントありがとうございます。

    自分から死ぬと「逃げた」といいますより、答えになったいないかもしれませんが私はそれが自己の判断のすべてではないと思っております。
    いわば助長させるものの存在が間違いなくあるということです。
    秋桜様が仰られるように、日本も幇助という思考をお持ちの方は一定数おられるのも事実であり異論ではないはずです。
    まさしく物事の考え方は表裏一体であり種々の問題を考えると、どちらが正しいとは言い難いものかと考えます。
    ただいずれにしましても、自死も幇助も悲しい選択に思えてならないのが個人的な意見です。

    これがスピリチュアルな観点から申しますと、再生(数年~数百年の時を経て)を望んで生まれてきた魂のなかに前世からの補う部分やカルマ(因果)の解消というのが前提になっていることが多く、死を選択することは自分から補おうとした部分やカルマの解消を断念することになってしまいます。
    長い間の霊であった身から一瞬の如き人間としての再生で霊的成長を望む観点からすると勿体なくもあり正直複雑な部分です。
    なぜならば霊の世界に戻らなければ、現実各々に起きている問題が現世を生きる者として理解できなくて当然だからです。

    秋桜様のご意見は間違っていないと思いますが、微力ながらその前に少しでも何とかしていきたいのが私の願いです。

  12. 秋桜 より:

    自分から死ぬと「逃げた」扱いされるんですよね。。
    第三者がや公的機関が、幇助してあげるのが人道的だと思われます。
    ヨーロッパなどでは始まってますが、この考え方は、別に突飛でもなく、一定数の人がたどり着く思考パターンだと思います。
    ただ、「最期まで投げ出さない」と言う姿勢にも一定の美学を感じます。

    美学が2種類あるんじゃないでしょうか?
    それぞれの美学を棲み分けて実現出来る世の中になればと思います。

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