除霊・浄霊関連

神社・お寺の除霊|依頼と効果について

除霊依頼しようとするときに神社やお寺のどちらに頼む方が良いのか、また依頼すれば除霊の効果はあるのか、神社やお寺を選ぶうえでの判断したい基準などを書いていきます。

 

はじめに

霊的なことによる何らかの影響と感じて除霊を依頼しようとするときに、神社やお寺などにお願いしようと考える人もいると思います。

しかしネットを検索しても、書かれていることの何が本当で何処に依頼をしてよいのか判断しにくいと感じます。

少し神仏に対しての見解を説明させていただきますが、神様と仏様のお考えは異なるものであり、神様は天災地変などに対し国や地域などの護りをしていただくような自然などに対して、人間が生きていくうえでの鎮守などを司っておられます。

そもそも神様というのは大きな存在であり、亡くなった人が死後に悪しき行ないをしましても、生きている人間の世界に善の者と悪の者がいるように死んで霊になったからといって、急に目線を変えるものではないということです。

ですから、この世に善もあり悪もなくならないといったことが言えるのです。

 

仏様はといいますと、例え方が適切ではないかもしれませんが霊的階層の高い存在が人々の救済に御尽力されている方々です。

普通の人は幾度となく輪廻転生を繰り返し霊格を上げて霊的な世界での高みを目指すものですが、仏様ほどの存在になりますと十分に霊格があるにも関わらず高みに行かれることなく、衆生救済に御注力下さっておられるのです。

しかし、これも各々の人生に干渉することなく静観なさられていることが多く、様々な辛苦もその人の人生の修行なので、時として固唾を飲まれることがあっても無闇に手を差し伸べられない存在であるということです。

仏様の御力を賜って除霊というものは可能でありますが、前述のように各々の人生への影響を配慮したうえでのことになりますし、誰であっても御力を賜れるものではないということです。

このあたりのことが除霊や祈祷をしているようなお寺や僧侶にも関係するということになり、いくら仏様に仕えていても能力が発揮できない人たちが山ほどいるのが現実です。

もちろん、霊的なことを生業にするような僧侶であっても同様なものです。

 

神社での除霊について

神社というのは、一部を除いて除霊や悪魔を祓うなどといった霊的な相談や除霊などを受けていないところが多いものです。

(一部というのは、神仏習合といって神様と仏様を共に祀っていたときの仏教の名残を残しているようなところは、除霊などの霊的な相談や依頼を受けているかもしれません。)

本来、神社という神道の世界では、霊魂観(亡くなると人は死後に神々の世界へ帰っていくという考え)によって霊的なものに対する考えが違うことから、神道の公式な儀式にあらず霊的な問題は各神社の個別の判断に任されているのが現実です。

このことから神社での除霊について、御祭神に除霊をお願いするものではないということがご理解いただけると思います。

神社でも陰陽師であった存在が御祭神になったり、権現様がおられるような神仏習合のお寺などですと、除霊の祈願や祈祷は別として霊的なものに対応できることもあります。

ゆえに一般の神社での御祈祷や祓うということは、霊的なものを祓うというよりも気を祓ったりお願いや祈りを捧げるものですから、除霊など霊的なことをお願いするのは神社は適さないといえます。

 

お寺での除霊について

霊的なものに対して仏様にお願いするというのは、一般的に周知のことと思います。

除霊するという行為について、しっかり認識して頂きたいことに霊能力のある人や僧侶・阿闍梨といった人間程度のものが除霊が出来る範囲は極僅かであって、本当に除霊をしようとするならば仏様の御力を借りないと叶うものではありません。

それならば、お寺に行って仏様に仕える僧侶や阿闍梨のような人に依頼すれば除霊など霊的な問題を解決してくれるのではないかと一般的に思いますが、残念ながら現実なところ霊的な処置が出来る寺院や僧侶・阿闍梨は数少ないものです。

失礼ながら、ネットなどに出ているような寺院や自称僧侶・阿闍梨のような人のなかに、霊的な対処が出来ると感じる人は皆無です。

そのうえ我欲を貪る僧侶や阿闍梨といったものは、一般の人よりも仏様との縁は薄くなるどころか、仏様に仕える身が戒めを破ることは罪深いことであり許されるものではないということです。

ということで、職業坊主やネットなどで宗教や僧階を利用して商売をしているものに信用できる寺院や僧侶は存在しません。(ただし寺院の紹介などの案内は別です)

最近わかってきたことですが、仏様と目指すものや考えが同じ方向に向かないと、決して御力を貸していただけないということになりますから、仏様に仕えるものは一層の気持ちがなければ一般の人よりも厳しい目で見られることは然りなのです。

どれだけ勤行(読経したり回向すること)したり修行をすれども、戒めを破ったり我欲のあるものには厳しいのが仏様です。

このようなことは何処にも書かれていないと思いますが、これが現実的なものであり霊的なことを依頼する前に、お寺などの住職や僧侶などの仏道の戒めを如何に守っているかを判断する参考にしていただきたいものです。

決してステータスや寺院の格で判断するものではないということです。

現代は真言密教においても、残念な僧侶が僧階問わず増加していることをお伝え致します。

なお、僧侶や行者(仏道・修験道の修行する人)のなかには真面目に修行し素晴らしい人もいるので、そのような人たちは上記には該当しないことを付け加えさせて頂きます。

 

神職や僧侶の霊的な能力の現実

神職にしましても僧侶にしましても、霊的な能力の霊視が出来る人は少ないものです。

これは一般の霊能者と同様に、霊能力があるからといって除霊が出来るものではありません。

それよりも大切なものは法力が使えるか否かによって、除霊などの霊的な対応が出来るかが決まっていくものです。

この法力というもの、仏法の威力や仏道の修行によって得た不思議なチカラといいます。

基本的にですが、神職は神道の関係から仏法ではないので、法力がない人が多いものです。

では、この法力が使える僧侶ですが、前述しましたように職業坊主や我欲の強い僧侶にそのようなものは安々と与えられるものではありません。

申し訳ないですが、形式的な修行には意味を為さないのが仏法の基本です。

現実な話になりますが、僧階(僧侶の階級)関係なく、開眼(かいげん=魂を入れること)や撥遣(はっけん=魂抜き)をしても、その真実たる魂が入ったり抜けたりしたことが分かる僧侶は稀なものと断言できます。

よって、現代で霊能力といいますか霊的なことを依頼できる神職や僧侶というのは、探す方が大変なのかもしれません。

 

除霊を依頼する前の判断基準

神社で除霊などの霊的な相談や依頼というのは、少し難易度が高いものと感じます。

お寺においては、古くても手入れの行き届いたところであること。

寺社の有名無名は判断基準にするものではないこと。

運営者や僧侶などは質素であるほうが望ましい(自宅や車、身の回り品や家財など)

お布施など料金が高いところは大したことは出来ない証拠である。

ネットに出ている僧侶は僧階問わず高確率で信用できない(あくまで霊的なこと)

さいごに

私如きのものが神社仏閣に対してのことを書くことは憚る(はばかる)べきかもしれませんが、今般の仏教に仕える一部の人たちの宗教や僧階(僧侶の階級)を利用した浅ましい商行為や我欲に懸念し、現実を知ってもらうために書くことにしました。

やはり時代とともに神社やお寺の在り方が変化していき、従前の認識ではいけないということにもあります。

どうしても地位や名誉などのステータスを安心材料にしてしまいますが、無駄な時間や費用をかけないための参考になれば幸いに思います。

 

それでは、この辺で終わります。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。<(_ _)>

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