供養と成仏

お彼岸のお墓参り|行けない場合と故人の気持ち

お彼岸の時期が近づいて参りましたが、お墓が遠くて行けないとか仕事で行けないなど様々な理由でお彼岸に墓参りが出来ない人に故人の霊は、どう思っているのか?行けない場合どうしたら良いのか?など故人の霊の気持ちに沿った説明をいたします。

 

 

お墓の正しい解釈(故人の存在について)

 

 

そもそも、お墓とはどういうものなのかを説明いたします。正しいことを知って頂くことで、少しでも気も楽になられる人もいると思いますので説明したいと思います。

 

お墓については「供養するため」「家系の元をつなぐ根のようなもの」「魂の居場所」「家族の出来事を報告する場所」など諸説ありますが‥。はたして、それがすべて正解でしょうか?

 

以前、大ヒットした秋川雅史さんの「千の風になって」という歌詞の中に興味深いものがありますので一部抜粋します。

私のお墓の前で 泣かないで下さい そこに私はいません 死んでなんかいません♬

 

この歌詞なんですが、実はとても的を得ていて、まさにその通りなんです。

 

なぜか、お墓を運営されているところなどは故人の魂(霊)がお墓にずっと居てるように説明されていたりするようですが、そんなことはありません。

 

しっかり霊の世界の知識があれば簡単に分かることなので言いますが間違いです。

 

普段といいますか故人の霊はお墓には居ることはなく、霊界のような所にいるわけです。親族や友人などがお墓参りに来てくれることが分かるから、故人の霊はお墓に出向くわけなのです。慰霊祭も同様の解釈でいいと思います。

 

たしかにお墓というのは供養する場所であり、故人の霊との交流の場であることは間違いないことです。ゆえに、親族や友人が故人の霊に面と向かって会えるのはお墓と位牌しかないからです。

 

お墓は位牌と違って遺骸が葬られているので、とても故人の霊と親族や友人をつなぐ感慨深い場所であるというような解釈でいいと思います。故人が生前を思い出すような感じの場所です。

 

ということで、お墓というものは故人を供養し面会する場所であるのです。

 

 

お彼岸に墓参りに行けない‥

 

 

よくある例として、地方出身で仏壇(位牌)も本家いうか長男の自宅も出身地にあるような場合、お墓参りしか手段がないという人もおられると思うのです。

 

でも現実には、子供の行事や仕事や介護など色々な理由で地方まで帰れないとか行けない場合が出てくると思うのですね。

 

でも、思われているほど心配することはありません。ちゃんとご先祖様は事情を分かって下さいますから、「今回はお墓参りに行けなくてすいません」などの気持ちがあれば通じますので、それで大丈夫です。

 

ただ、遠いからとか面倒くさいからなどの理由で行かないのは如何なものかと思います。

 

「千の風になって」ではないですが、故人は死んでなんかいてません。これは、お墓参りからも分かりますように故人は霊として生き続けていますから、故人を思わないことはとても寂しがります。ほんと死んだら縁も何も終わりですか?になります。

 

あまり放置すると故人の存在を知らせるために、よく心霊特集などでいわれる霊障が起きることもありますので、やはりお墓参りは行かれた方がいいですね。

 

ここまでの説明でわかって頂けたと思うのですが、お墓参りより大切なことは故人を思い出してあげることが一番大切なことです。あなたの思いの念は故人に通じます。それだけで故人は嬉しがりますし満足されます。逆の立場だと分かって頂けると思います。

 

忘れ去られることが一番寂しいことなので‥。

 

とはいえ、お墓参りに行けるときは行ってあげてお墓やお墓のまわりをきれいにしてあげて、お線香を添えたりお花やおはぎ(ぼた餅)や果物などを供えてあげるといいと思います。大切なのは、すべて心ですから。

 

仏壇に位牌がある場合は、位牌に向かって手を合わせ色々報告されるのもいいと思います。

 

 

お彼岸とは‥ちょっとメモ

 

 

お彼岸とは、日本独自の風習で太陽が真東から昇って真西に沈むことから、私たちの世界(此岸)と仏の世界(彼岸)がもっとも通じやすくなる期間であるため、この時期に先祖供養をするようになったそうです。

 

この時期に、おはぎやぼた餅を食べたり供えるのが良いといわれます。

   《ぼた餅(春)=牡丹の花 ・ おはぎ(秋)=萩の花 を表しています》

 

もともと先祖供養の日がメインというより、自分自身が先祖供養することによって極楽浄土に行けるようにと修行の意味をこめた行事のようです。

 

 

さいごに

 

 

いかがでしたでしょうか?

 

彼岸にお墓参りに行けなくても心配することはないということです。

 

一番大切なことは、日頃から先祖など他界した親族のことを思うことです。この方が、義務的な感じで行くお墓参りより先祖供養になります。

 

考えは生きてても死んでも同じということで他界したからといって敷居が高くなるようなことはありません。

 

 

では。この辺で終わります。

 

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました<(_ _)>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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